戸沢ひろゆき 日々の日記


 元地方議員 戸沢ひろゆきの日記
 



 2月 3日 日曜日


 

明日 ガン検診に行ってきます



  ガン撲滅議員会議に参加していた私ですが、いざ 自分かがん検診に行くことになると気になるのが検査結果です。

 男子は胃がんが多く、女子は乳がんだと聞いています。私の場合は前立腺がんが心配です。PSAが4以内という事ですが私の場合若い頃、4・5とか5の数値が検出されています。

 歳をとれば、ガンも体内で成長が遅くなるだろうと予想して、楽観的に観てはいましたが・・・明日に検査だという事から、「じたばたしない!」「なるようにしかならない、いざという時はバッサリト切り取る」なんて言っていたくせに最近は気になるのです。同級生が次々と他界しているからです。

 予防の仕方が判りません。明日の検診後にしっかりと方針を持とうと思っています。
 


 2月 2日 土曜日

メタセコイヤもすっかり落ち葉が落ちました


今朝は道路が凍っていましたよ。昨日の朝の雪以降だいぶ寒さが身にしみます。

 一昨日、ある地域のご婦人が「目が回る!」と電話があり、典子さんが家を訪ねました。体調を聞いて家では対応できないと救急車を呼びました。幸いすぐに駆け付けてくれましたが対応する医療機関が決まらませんでした。結論として福生市の自治体病院に連れて頂けましたが、慢性疾患という事で一次診療でかかっている医療機関に行くように指導を受けて家に引き上げてきました。ところが夜になり再び救急車を呼んだのです。
 その夜、ご婦人は点滴をされて家に帰って来ました。寒くなった夜に一人住まいの彼女はどんなに心細かったことでしょうね。

 実は、今日も公立病院に救急車で行きました。そして夕方に日野市に住む娘さんと連絡が取れて来てくれました。

 高齢者の一人暮らしがどんなに危険なのかを知りました。緊急通報システムの設置を早急に手配したいと思います。

 メタセコイヤの葉っぱがすっかり落ちてしまいました。・・・秋川高校跡地の前の道路を行ったり来たりしていたので典子さんは好む並木道を3回も通ったことになります。
 

 2月 1日 金曜日


 

今季 初雪



昨夜 夜中雪が降りました。東京で西多摩、あきる野では今季アラレがパラパラと降りましたが雪が降ったのは初めてで初雪と言えます。
 朝の光景を見て、なにか子どもの頃の様に、心がウキウキしました。
 我が家の二階の窓から多摩甲斐国立公園の御岳山方面を撮りました。

 今月、五日後の6日・7日に一泊で石打へあきる野市山とスキーの会での旅行に行ってきます。前回の1月の計画は腰をひねり傷みが続くのでパスしているので、今期初めてで最後のスキーになってしまうのかな~~。心ウキ浮き・・・です。3月の計画は北海道なので77歳の私には下手なので無理なんです。 あまり急斜面ばかりだと足腰がついていけません。

 

 1月 31日 木曜日


 

一日 30分はウオークしたい



  一週間 続けました。

 五日市ファインプラザ三階のスポーツジムでウオークマシンでのウオークでです。
 外で出来ると良いのですが冬だし、朝・昼の時間が取れるときに挑戦しているのでスポーツジムが走りやすいのです。

 今日! どうする? と朝、典子さんから声がかかります。昨日は一緒に行けませんでした。今日は二人で夕方に1時間取れました。

 雪が夕方降るようだと天気予報が言っていました。二人っきりの生活なので、帰りにイオンモールの三階で夕食することにしました。
 
  

 1月 30日 水曜日

台風で道路標識倒れる



  小さな武蔵増戸駅のロータリーの道路標識倒が倒れてしまった。雨は降らないが風が強い。

 この所、ファインプラザのスポーツジムで体を「鍛えて」います。

 昔、横河電機の子会社の「増戸モールド」が小峰工業団地に移転したので五日市ファインプラザという社会教育施設が出来たのです。

 朝の9時から受付には30人を越える市民が受付に集まります。なんとこの寒いのにプールの利用者が多いのです。とても良い傾向です。

 従って車も結構激しく走っています。

 

 
 

 1月 29日 火曜日


 

ゴーンを私は許せません(怒)


私は昭和16年生まれ、中卒で総評傘下の全国金属に参加する横河電機に入社、同時に総評傘下の全国金属に加盟しました。職場の民主化を求めて青年運動に参加しました。

 60年安保闘争を通して21歳の時に日本共産党に入党しました。全国金属組合を通して日産自動車と三鷹にあったプリンス自動車で働く友から「差別」の実態を聞いていましたが、横河電機でも差別が強まりました。
 「昼に一緒に食事するな!」、トイレに「戸沢と付き合うな!」などのいたずら描きが描かれました。ボーナスの中にペーターという報奨金的上乗せの賃金部分がありましたが、同級の社員は3000円なのに私には101円でした。

 その後、三鷹・下連雀に会ったプリンスは日産プリンスとなり、村山のプリンス、杉並のプリンスも「日産」が頭についた自動車企業となり合併しました。
 私の同級生も次々と首にされたりして辞めていきました。ひどい労働者差別が横行していたので当時のことを思い出し怒りを抑えられず掲載してしまいました。
 あの時代の組合つぶしと労働者の差別をすすめたゴーンを私は許せません(怒) 思い出せば・・・吉野君、安井君、新井君、元気してますか? 青春時代 苦しい中での諸活動が、今まで人生を明るく豊かなものにしたことはま違いありません。余生を労働者の権利を守るため、明るく元気に暮らして長生きしましょう。写真は黒い豆の木がカルココッタで赤い色なのが千両?だと思います。
 

 1月 28日 月曜日

野村さん 清水さんの勇気に拍手



2人とは、共にあきる野市議会に於いて選出された議員仲間です。

 今日、講義してくれた野村さんは自ら発言していますが臼井孝元市長と同級生。選挙では臼井選対本部で活躍された経験をもつ議員です。また臼井さんとは市長選挙で2度対決してもいますので、「市民党」と言っていいと思います。
 その野村さんが市民と野党が団結して「市民の願いを届ける市政」をと、協力しあって、私達は頑張りたいと思います。野村さん、清水さんは共産党とは市議会の中では共闘することもあり 親しくしていますが、共産党ではありません。行政運営の在り方や市民との接触する政治姿勢にも違いがあります。
 
 今回、野村さんに対し「共産党になったのか?」との市民の声があるそうですが、共産党とはあくまでも協力・共闘です。共産党に入党して欲しいところですが清水議員を含め、超党派で市長選挙を戦わないと勝利することは出来ません。

 市民の要求と願いを土台にして、市民一人一人の期待に応えることで一致出来ればいいと思っています。武蔵引田区画整理事業に対して、膨大な借金まみれな市政を市民の納税者の立場に立場で考えれば、恵みの郷土の森事業の破綻した経過がいかに当時の市長の方針が「自分勝手」だったことなどが昨日の講演会でよくわかったことだと思います。

 これからも・・・彼らは「野村たちは共産党だ!」と攻撃するでしょうが、共産党の私が違うと発言していることを、しっかりと認識しておいてください。写真は野村さんの講演と隣に座って挨拶した清水あきら議員です。


 

 



 
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