戸沢ひろゆき 日々の日記


 日本共産党あきる野市議会議員 戸沢ひろゆきの日記
 



 8月 7日 月曜日


 

志位委員長の発言


-安倍晋三首相は憲法改正への意欲を依然示している。
 
 首相は2020年までに9条を変えると乱暴に宣言した。これに対し、東京都議選で「ノー」の審判が下った。本来なら審判を受け止め、きっぱり諦めるのが当たり前だが、首相側は進める態度を崩していない。われわれはそれを許さない戦いを展開し、追い詰めていく。
 
 -どういう手法で阻止していくのか。
 
 首相の言う改憲が、どんなに道理がなく、危険なものかを徹底的に明らかにする。期限を区切って改憲を宣言するのは(憲法尊重擁護義務を定めた)憲法99条に真っ向から反する。9条1、2項を残しつつ、別項で自衛隊を明記することは、無制限の海外での武力行使に道を開く。集団的自衛権の全面的行使、地球規模での海外派兵が自由勝手になる。絶対許してはいけないという論陣を張っていく。
 (民進、共産、自由、社民の)4野党には、安倍政権の下での9条改悪に反対するという党首合意がある。憲法に対する立場の違いはあるが、野党共闘を大事にしていきたい。
 
 -民進党代表が交代しても合意は継続されるか。
 
 公党間の合意だから、当然私たちはそう考えている。
 安全保障法制を廃止して立憲主義を取り戻すというのは、引き続き野党共闘の「一丁目一番地」として重視していきたい。併せて憲法違反の「共謀罪」法(改正組織犯罪処罰法)、特定秘密保護法も廃止する。三つそろって廃止する方向で足並みをそろえていきたい。
 
 -現行憲法への評価は。
 
 世界でも最も先駆的で、値打ちのある憲法だ。9条は国連憲章が規定した恒久平和主義を極限まで推し進めたものだ。
 
 人権条項も政治的、市民的な権利だけでなく、社会権も含めて包括的に明記されている。70年前に、よくこれだけ時代の先を見通したものができたと思う。今読んでも驚くような先駆的な内容だ。問題はそれを政治の側が生かせていないことだ。
 変えるべきは憲法ではなく、憲法をないがしろにする政治だ。政治の中身を憲法に近づけていく努力が必要だ。
 
 -野党共闘の準備が整わないうちに衆院が解散される可能性は。
 
 秋以降、われわれが主導的に政権側を解散・総選挙に追い込む状況をつくっていきたい。衆院での改憲勢力3分の2体制を打ち破る。そして自民、公明とその補完勢力を少数に追い込むことを目指す。

 写真は石で出来た水飲み場に小鳥が・・
 
  


 8月 6日 日曜日

あきる野市夏祭り



あきる野市夏祭り ラジオ体操会も堂々の流し踊りに参加。私も多くの市民と挨拶出来ました。

終わって近くの「夢庵」で19人で会食しました。楽しい夕食となりました。毎朝、ラジオ体操前に流し踊りの練習をして来たので、他の団体より上手で堂々としていました。踊る阿呆も観る阿呆 同じあほなら踊らにゃあソンソン・・・とばかりに頑張りましたよ。
 

 

 8月 5日 土曜日

若い頃から 酒飲みだったんだね



30代になった頃、日本酒のラベル集めをしたことが、本箱の整理で分かった。

 当時は、私たちの後援会会長は古門さんでした。新潟の酒が大好きでした。秋川素朴ないで湯旅の会の役員もやられていて、上善水が如しが大好きでした。

 その頃、私はスキーの体験がなく秋川山とスキーの会に入りスキーの醍醐味を知りました。個人的にスキーに行くときは議員だった鈴木富雄さんが指導者してくれました。

 ボーゲンでスピードのコントロールも出来るようになり緩斜面だけではなく中級のコースにも挑戦した。夜はスキーのゲレンデのある民宿などで現地の「地酒」を飲みながらパラレルの滑り方など教えてもらった。3合瓶の酒瓶を空にして、一晩、水につけておきラベルをはがし集めるようになった。珍しいので行ってもいない新潟の日本酒のラベルももらったりもした。今では歳もとり、3合の酒を飲むのも難しくなっています。

 「いい友、いい話題、うまい酒」を飲める宿泊できるのが最高の贅沢でしたね。
 
  

 8月 4日 金曜日

プラハの春 現場に


1968年春にチェコスロバキアで起きた民主化の動き。 68年1月,改革派の A.ドプチェクが党第一書記に就任,独自の社会主義路線を宣言して,国家による事前検閲の廃止,市場経済方式の導入による企業の独立化などの政策を打ち出した。


  覇権主義を進め社会主義体制の危機を感じたソ連のブレジネフ政権は,同年8月ワルシャワ条約機構軍 20万人を投入し,その民主化の動きを圧殺した。ドプチェクは解任されフサーク政権が誕生した。 89年 12月,モスクワでのワルシャワ条約機構会議で,当時プラハの春に介入した5ヵ国はこれが誤りであったことを認めた。

 1990年、私は影山、近藤、石塚さん達とプラハの春で犠牲を受けた現場に行った。犠牲を受けた人たちの写真の前には沢山のローソクが今でも小川のように沢山流れていた。

 日本共産党がソ連から内政干渉がされたことを党創立95周年記念講演で不破委員長が、ソ連の覇権主義との闘いを語っていたことを聞き写真を捜した。

 

 
 

 8月 3日 木曜日

近所の子ども達が私の誕生会を



  思い出のアルバムになってしまいました。私が議会で3期目の頃です。親しくしていた近所の子ども達が、おじさんの誕生日会をしようと話がまとまり、お菓子を買いに行ったり、会場に絵を描いたりして開催してくれたのです。

 約30年も前の写真ですが、私には あだ名のような???名前は覚えていますが街で会っても分からないと思います。みんな立派に成長しています。同時に私の地域から「飛び立って」いきました。

 私に貴重な「思い出」を作っていただきありがとう!!!。
 

 
 

 8月 2日 水曜日

地元町内会の先輩 細谷さん逝く



  最近、105歳の聖路加病院名誉委員長の日野原医師が亡くなったと報道された。
 
 私と昭和50年に岸野鬼代信瀬戸岡町内会長のもとで副会長さんを務めていた細谷良太さんの訃報を聞いた。良太さんは102歳を超えた長寿を歩まれていて、私は、瀬戸岡町内会として100歳の長寿誕生日にお祝いの記念品を贈りお祝いすべきだと町内会長に提案していた。

 水道事業をされていた人で私とはその後、義理兄弟となった宮本勝が秋川総合住設として市の指定の水道工事店になるには、水道組合団体の社長2人の推薦者が必要だという事でしたので1970年代になって私がお願いできた一人でした。細谷さんは同業者の大原さん、村野さんにお願いしてくれたのです。当時、町内会を通して、相談事など気軽に出来てた懐の大きな人でした。もう一人は尾崎の橋本水道さんでした。
 
 議員活動42年間で整理もしなかった写真の整理をしていた私は、細谷良太さんの写真を探しました。

 「そうだ!長寿会の集まりの集合写真がある」と気が付き探しました。探してみると・・・ありました!。下段の写真の左側の一番前にお座りになっている大きな男性が細谷良太さんです。
 地元の瀬戸岡獅子舞の指導を長くされていました。

 安らかにお休みください。長い間、大変お世話になりました。ありがとうございました。


 
  

 8月 1日 火曜日


 

早くも 梅干しの数が減り始めています



  毎日暑い日が続きますね。ベランダに干して梅干しをつくってきましたが完成する前から、毎日つまみ食いしていたので減っています。

 27日に瓶づめにしました。漬けた時の汁を混ぜてこの通りです。

 暑い日が続くと毎日、一つは朝に食べてしまいます。この2年ほど失敗していたのです。干している時にベランダに大雨が降り。干していることを忘れてしまったからでした。一度、雨にやられると腐ってしまうからです。今年は、このように見事に成功しました。梅は落ちてしまった梅の実を貰っているので費用はかかっていません。チソの葉っぱはスーパーで二袋かいました。塩加減が成功すると・・・美味しい梅干しになるのです。孫の旅行などで欲しがるかもね。いい色でしよう。
 



 
2017年08月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
             
今月
下の項目を入力すると、コメントを削除することができます。
■コメントNo

■削除キー